医療における、「自己決定」とはなにか?

 

普段から病院に通っている方や、

自分ではなく 親御さんが病院通いの方には

是非とも よく考えて頂きたい

「医療への自己決定」のついて 考察がなされている

一冊を  現役医師としての批判を交えつつ

御紹介致したいと思います。

 

 


病院のやめどき 「医療の自己決定」で快適人生 (朝日新書)

*和田秀樹氏 病院のやめどき

 

これは 医療不信や 医療裁判の問題にも通じる

非常に大切なテーマと言えます。

 

 

医者任せにしない、医療との関わり方

 

ご自身 精神科医でもある和田氏は 本書で一貫して

病院で 医師に言われた検査や、治療方針、薬の処方

などを 漫然と受け入れるのではなく、

なんのための検査か?

その方法しかないのか?

その薬を 飲み続けなくては いけないのか?

そういった批判的吟味をする事の大切さを

強調していらっしゃいます。

この点、私も多いに 賛同致します。

昔と違い 病名や 出された薬、更には 学会の推奨する

最新の診療ガイドラインまでもが スマホ で簡単に

閲覧出来る環境が整っています。

よって、以前より、医学や医療に関する、医師-患者さん、との情報格差は

確かに、なくなりつつあるようにも思われます。

ただし、ある治療を選択した際、しなかった際の経過についての

正確な予測は、医師にとっても時に困難と言えます。

またすべての場面で、

「自己決定」

を最優先する事は、そう決めた本人にとっても、大変にエネルギーが

必要となると思われます。

実際には、詳しく説明したとしても、

「素人で、よく分からないので、お任せします」

「先生の言われた通りにやります」

と返される事も、よくあります。

おそらく、患者さんにとっては、こちらの方が

「楽な選択」なのでは、ないでしょうか?

しかしながら、このような患者さんにおいては、

「先生の言う通りに、薬も飲んで、ちゃんとやったのに、なんで治らないのか?」

「今までの検査や、治療はなんのためだったのか?」

あるとき、突然、憤りを伴って、このような言葉を発する事態を引き起こし兼ねません。

特に、私の専門領域である、慢性腎臓病診療では、病院の医師に

長い事御世話になった、その果てに、腎臓の移植治療や、人工透析(とうせき治療)が必要となる

という結末を迎える事が多いです。

こうした外来では、医師ー患者さんのコミュニケーションがうまくいっていない際に、

「腎臓病が治らないなんて、初めて聞いた」

というような事態が引き起こされる可能性が高くなります。

私は、ある程度進行した

「慢性腎臓病」

の患者さんには、治りません、最終的に透析治療が必要になります、

という事を明言するようにしています。

やや厳しい言い方に聞こえるかも知れませんが、

医療の限界についてお伝えし、それでも少しでも透析開始を遅らせるために、

日々なにが出来るのか? 腎臓病に関連した、不快な自覚症状を

軽減するには、どんな薬が必要なのか?なぜ、それを服用しなくては

いけいないのか?

こうした事を、時間をかけて、丁寧にお話するよう心がけています。

病気の現状を受け入れていただき、治療の方針について納得した上で、

患者さん自身に、その先生に通院してもらう事を選択して頂く。

もしくは、他の先生にもセカンドオピニオンを聞きにいってから

どうするか考える。

こうした、一連のながれが、

患者さん自身による

医療の自己決定

であると思っています。

この点に関しては、著書で和田氏も以下のようにお書きになられています。

がんをはじめとして、命に関わる病気の場合や大きな手術を

する場合には、利用することが多いのですが、生活習慣病などの

内科的疾患に関しては、セカンドオピニオンを求める人は

まずいないのではないでしょうか。しかし、そうした日常の病気でも、

セカンドオピニオンは大事だと私は思うのです。

*著書より引用

その通りです!

また、手の内を明かすようですが、糖尿病、腎臓病などの病気の

治療方針について、一度思い切って「セカンドオピニオン」を聞きたいです、と

言ってみるのも、ありだと私は思っています。

そして、その際の医師の表情や、態度を注意深く見守ってみて下さい。

とても嫌な顔をしたり、私が信用できないのか、というような

態度の医者は要注意です

それは、裏を返すと、自分の方針を強制したい、

なるべく反対意見を言われたくない、という気持ちの表れだからです。

私は、セカンドオピニオンを求められたり、逆に、他の医師のセカンドオピニオンを

聞いてみたいと言われたり、どちらの経験もあります。

私は、常に最新の知識を吸収すべく勉強しており、また

日々しっかりと患者さんと向き合っている自信がありますので、

「そうですか、分かりました」とにこやかに、答えるようにしています。

それで、自分から離れていってしまうのも、患者さんの「自己決定」

ですし、またやっぱり先生にお願いします、となっても、

これまでとは違った関係性が築ける事になります。

 

こうしたステップを、しっかりと踏んでいただく事で、

よくわからないままに治療がすすんでいた、

とりあえず薬を飲んでおけば良くなると思っていた、

と、患者さんが思う事は、少なくなるのではないでしょうか?

医師は、十分時間をかけて、丁寧に説明する事は必須ですが、

患者さんが、医療を自己決定、する際には、

そういう決断をした、という、ある意味

自己責任、

が伴うという点も、見過ごされてはいけないように思われます。

 

過剰な処方がまねく、健康被害

 

この本にも何度か書かれていますが、特にご高齢の方に、漫然と高血圧の薬を出している

医師が多い事は、私も非常に問題だと感じています。

特に、腎臓内科の外来をやっていますと、

開業医さんが、お年寄りに対して、もう何年も、高血圧の薬、

脂質代謝改善の薬、抗血小板製剤、精神安定剤、鎮痛剤など、実に

多彩な薬を出し続けている現実を目にする機会があります。

実際の商品名を記載するのは、控えますが、製薬会社さんの

宣伝文句のなかには、「腎保護効果」を謳い文句にしている、

ある種の高血圧製剤、ならびに合剤(2種類の薬を組み合わせた製剤)

を販売しているところもあります。

ただし、これは最近の腎臓病診療のガイドラインにも明記されている通り、

ご高齢の方の腎臓の血流を低下させる危険があるため、処方を控えるように

勧告がなされている薬でもあります。

場合によっては、急性腎不全、を惹起し、緊急入院にもつながるリスクさえあるわけです。

失礼ながら、あまり

「勉強されていない」

先生方は、これを、よかれと思って慢性腎臓病を有する高齢者に処方

してしまっている現状があります。

実際に、入院していただいて、これらの薬を中止するだけで、

腎機能が、かなり改善するケースもあります。

紹介状のやりとりや、専門誌では、再三に渡って、これに関する

注意喚起をしているのですが、なかなか浸透しない事に、いら立ちを覚えます。

学会が製薬会社に忖度し、あるいは、儲けさせるために薬を多用しているのでは

ないかと思えるのです。

*著書より引用

このような指摘をされても、仕方ないと思えるような現状が、確かにあると言えます。

 

 

終末期医療における、よりよい自己決定の在り方とは??

 

「終末期医療」という言葉をご存知でしょうか?

従来は、主に超高齢の方が、なくなる前の数ヶ月、あるいは

数週間、医療と、どのように関わって頂くのか?

心肺蘇生や、人工呼吸器を装着するのか?

麻薬など使用して、緩和治療で御看取りをするのか?

これを

主に医療従事者が考える、という取り組みでした。

ところが、最近では、そうした治療方針について、

生前の元気なころから、ある程度決めておく。

ご家族と、よく話し合っておく。これを、「アドバンス・ケア」

と呼び、終末期(病院や自宅で亡くなる際)に備えて、

「自己決定」を尊重して、治療方針を組み立てる、

そのような風潮になりつつあります。

私は、自分の専門領域である、腎臓病について、これまで終末期医療に関して

数年前より多くを発信してまいりました。

もしご興味ありましたら、以下の「医学界新聞」の記事なども

ご参照していただければと思います。

 

http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03062_03

 

*医学界新聞のページにリンクします。

 

私見ですが、終末期の方針決定を、

「自己決定」

するのは、非常に困難であると、感じています。

なぜかと言えば、

例えば、透析治療を選ばない、希望しない、という意思決定、自己決定を迫られる

場面を想像してみて下さい。

では、しなかったら、どういう状態になるのか?

苦しむのか?痛いのか?

こうした当然の疑問を解消せずに、自己決定することは不可能と言えます。

そうした事を、忌憚なく質問し、対話をしてくれる、医療従事者の存在が、

不可欠だからと思うからです。

「透析はしませんが、最大限、QOL(人生の質)を落とさずに、

苦しまないお手伝いができるようにします、だから安心して

任せて下さい」

そういう言葉かけがあってこその、自己決定ではないでしょうか。

そして、やっぱり透析をしたい、となったら、

いつでも透析を提供する。

そうした、揺れ動く心情に柔軟に対応できる事。

「自己決定は大切だが、状況によって常に変容しうる」

そうした認識が、医療者、患者さんの側、双方が持つ必要がある。

こうした事が当たり前になることで、よりよく逝く、という社会が

実現できるのでは?そう思っています。

それでも、こうしたお看取りで、本当に良かったのだろうか?

他にも方法はなかっただろうか?と

思い返す事もよくあります。

このように、医療従事者も、終末期医療については

苦悩している、という現実も、是非知っておいてください。

今回は、

少し重いテーマでしたが、最後までお読みいただきまして、

誠にありがとうございます。

 

 

 

 

 

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