仕事に効く教養は、読書で身につくか?

教養とは?哲学とは?という本が売れているそうです。

 

今朝のNHKニュースにて。

最近、ビジネスマンの間で、

仕事に効く〜 ビジネスマンのための〜

という書き出しで始まる、

”教養”や”哲学”について、紹介や

解説をする本が人気である、と報道されていました。

確かに、私も毎朝の通勤で、通る駅の本屋さんの

入り口に、ずらっと陳列されている書籍のなかに、

音楽、美術、芸術を扱ったものが、

増えてきているな、という印象を持っていたところで、

このニュースにはちょっと興味を持った次第です。

ただ、私としては、そうした本を読むだけで、

お手軽に、芸術や音楽、を知る事になるのだろうか?

教養を深める事になるのだろうか?

そもそも、仕事に効かせよう、という姿勢で

哲学の本を読むというのは、楽しいのだろうか?

などと感じてしまいます。

これについて、少し批判的に吟味がしたくなって

記事を書かせていただいています。

ぜひ、みなさんも、一緒に考えてみて欲しいと思います。

 

ワインについて、蘊蓄(うんちく)を語れる事は

教養なのか?

 

今回のNHKの放送のなかでも、

ある本の一文が紹介されていました。

それは、外国人との商談の場において、

ワインについて語れるかどうかが、最低限の教養として

試されている、といった内容でした。

これは、すなわち、ワインについて勉強し、知識を

深める事が、ビジネスシーンに効く、

「教養」なんですよ、と言い換えられると思います。

これは、本当にそうでしょうか??

私は、別の本で、なぜ外国人が、商談やパーティーの

場面で、日本人とワインの話題をするのか?

について、全く別の見解を述べている本を

読んだ経験があります。

それには、日本人は歴史や、文化、

芸術に関する話を振っても、会話が弾まない場合が

多く、仕方なく、一番当たり障りのなく、

それなりに会話が続くワインについて、

仕方なく話題にしているのだ、

という外国人の意見・立場が示されていました。

いかがでしょうか?

私は、同じ日本人として、そういう見方を

されているんだな、とちょっと残念になりましたが、

おそらくは、こちらが実情に近いように感じています。

もっとも、基本的な問題として、

そうやって、あまり興味や、ワクワクしないのに

ワインの知識を溜め込んで、さあ自分は教養を身につけた、

となりますでしょうか?

しかもワインを 嗜む習慣のない外国の方々に対しては、

あまり通用しないのではないでしょうか。

この点、多方面にて活躍されている、

大前 研一さんが、ある雑誌に書かれていた、

ビジネスマンにとっての「教養」に関する

記事は、一味違いました。

詳細は、忘れつつありますが、以下のような

内容でした。

確か、商談にて北欧を訪問した際に、

先方の自宅に呼ばれる機会があったそうです。

そのご自宅のリビングに通された時、

古めかしいオーディオから、シベリウスの交響曲の

レコード音楽が流れていたそうです。

普段から、クラシック音楽鑑賞が好きで、

偶然にもタイトルもご存知であった氏は、

作家名、曲名、について、話始めながら

自分もシベリウスが好きである、といような

事を、さりげなくお話されたそうです。

それに対する、ホストの反応は、驚きとともに

親愛の情も感じさせ、その後の会話も大いに

盛り上がり、結果、後日の商談もうまく運んだ、

と書かれていました。

では、氏は、事前に、

「ビジネスに効くクラシック音楽」

のような本を、精読していたのでしょうか?

きっとそうではないと思われます。

おそらく普段から、クラシック音楽がお好きで、

曲について調べたり、曲が作られた背景や

歴史を知る事を楽しんだり、曲自体を愉しんだり。

そういう習慣があったために、

嬉しくなって、自然と、さきのような

感想が出たのだと考えられます。

初対面の相手の趣味や価値観に共感して、

一緒に感想を分かち合える。

これこそが、本当の意味での、

大人の教養ではないでしょうか。

「教養」は、一朝一夕にて、成らず、でしょうね。

 

朝から美術館を訪れる、

世界のエリート・ビジネスマン

 

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それでも、やはり「教養」を身につけたい。

周りから、「教養」があると思われたい。

我々は、そういった雰囲気や

貫禄を漂わせる、

ミドル・エイジでありたいですよね。

上に紹介した本は、忙しいビジネスマンに、

じっくりと芸術鑑賞をする事が、もたらす

仕事力の向上、心身への効果について、

面白い分析がなされています。

ニューヨークのMoMA美術館に、

早朝からビジネスマンが集まって、芸術鑑賞

をしている。

その事自体が、なかなかに興味深い現象だと

私は、思っています。

ここでのポイントは、美術の本を読む、

ではなく、

実際に、「美術館に行く」という

行動のもつ意味を考えされる点にあるかと

考えられます。

リラックスして、絵をぼーっと眺める。

そのなかで、なんとなくいいなーと

感じる絵を見つけたりする。

そして、その絵が描かれた時代背景や、

作家などに、興味の対象が広がっていく。

時間はかかりますが、おそらく、こういう行為を

繰り返していくうちに、美術館通い、が

楽しく、ワクワクするようになり、

絵画や、彫刻、その他展示物について、

自分の言葉で、その良さを表現できるようになる。

すぐに、分かろうとしたり、

説明できるようになろうとしたり、

ましてや仕事に活かせないか?

などという思考は、邪魔ですらあります。

まずは楽しむ、という習慣から

「教養」というものに近づけるのでは?

と私は思っています。

 

教養は、相手を許すためにある

という至言

 

「教養」について、私なりに、

あれこれ考えている事に

お付き合いいただき、ありがとうございました。

最後に、とても印象に残っている、

ある方の発言を紹介し、締めの記事にしたいと思います。

これは、タレントさんである、

石田 純一さんが、ある雑誌のインタビューで

お答えになっていたものです。

「教養」は相手を許すためにある

確かに、自分と全く違う価値観に出会った際に、

それを優しく受け入れる事が出来るのか?

相手の置かれている環境や、育った背景、

文化、宗教などまで包括して、自分は

理解しているのか?

幅広い知識や関心も、必要になるかと思いますが、

それに基づいた、理性的な判断。

共感を示せる柔軟な態度。

まさに、これは「教養」と呼べるものでしょうね。

なにかと世間を騒がせた笑

氏の発言は、やや自己弁護的な意味合いがあった

かも、と邪推してしまいますが、

それでも、なるほど、と関心しましたので

ここに引用させていただきました。

秋の夜長。

読書を楽しみながら、

ぜひ、みなさんも「教養」について

深く考えてみて下さい。

今日も、ワクワクな1日を!

 

石川 英昭

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